こんな感じで他の樫も剪定しました。

年末にやるのが良い

ひとつの区切りとしてか、新年を迎える前に庭の樫の木の剪定はしとこうと言っていた家内が、今日三点脚立出して、ぴょんぴょん伸びた枝を剪定しました。

正月がくるから、新年だからと、エンジンかかって掃除をしたり、片付けしたりと人は行動おこします。ぼくもそうです。

そして、「わぁ〜、きれいになった。これで新年迎えられる」って気持ちが湧いてきます。
年末の小さな達成感と満足感、この気持ちを味わうために正月はくるんだ!と言うひとも少なからずいるかもしれません。(ぼくも少し近いです)

なかには常日頃から身の回りをきれいにして、庭の手入れもして、いつでもきれいに整っているってひともいるかもしれません。
そんなひとはたぶん、ばくなんかが味わう達成感や満足感とは違う、もう少し高みにある気持ちを味わっているかもしれません。

あ〜あ、年末なのに、面倒臭いこと考えてしまった。

でもね、ときどき思うんですよ。子供から大人になり、いろんな感情を経験してきて、それ以後は新しい感情を経験してないんだよねって、
皆さんだってそうでしょう。
「いや〜この前ね、なんて言ったら、う〜ん、なんて表現したら良いのか、わからないんだけどね、あの気持ち、あの感情ね、今まで経験したことないんだ!」
こう言ってみたいんですよ。
まっ、たとえば宇宙人にあったら何かの感情が生まれるかもって思うんですよ。

そうだ、スピルバーグの「未知との遭遇」です。
そう、そう言う事です。
ぼくは今、未知との遭遇を求めているんです。

この前のコニファーと今日の樫の枝 処分します