久しぶりに一日雨でした。

以前から気持ちの整理として、書いておきたかった、
村上春樹の「色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年」。
少しおつき合い下さい。

読んでしばらく経ちました。

読んでしばらく経ちました。

ぼくの読んだ村上作品のほとんど(全部?)が、一人称で書かれていたと記憶しています。
村上作品は、村上ワールドの不思議な世界にぼくを導いてくれます。その世界に浸ると自分の普段眠っている感覚を思い起こしてくれます。
人によりそれは”せつなさ”のような、心の奥深くにある感情を表に引き出してくれる、不思議な村上春樹の世界です。

ただ、今まではそうでした。
しかし、今回の作品は、読み始めて、あれっ、いつもの語りと違うな、一人称じゃないんだ。
そして読み続けてもぼくの中にいつもの村上ワールドが現れませんでした。
それは最後まで続き、う~ん、違うな!いつもと違う!
おもしろいとは言えないな!がぼくの感想でした。

しかし、
時間が経つにつれてぼくの中に、まてよ、もしかして、他の村上ファンはおもしろかったとか、よかったとか、の感情に浸れたのではと思い始めました。

ぼくが歳をとったこと、都会から離れた生活をしていること、自然と多く接していること、などの要因が作用して、
少しずつぼくの琴線に触れる位置がずれてきているのかも?

以前から少し気にかかっていた事があります。
ぼくはミステリー作品も好きです。
”このミステリーがすごい”はおもしろい本探しのため、毎年買っていました。
ここ何年か、”このミス”の一位の作品を読んだとき、そんなにおもしろいとは思わない時が多いのです。
世間で選ばれる、一位の作品をおもしろいとはおもえなくなってきている!
う~ん、まっ、ぼくがどの本に感動するとかは、誰に迷惑をかけているわけではないので、問題はありません。
そう思うことで納得したいと思います。

でも、世間の感覚とか、世間が評価する順位が自分と違うのは、少し不安になります。

評価としてはまぁまぁでしたが、一位ではなかった、「ミレニアム」この本はぼくが過去10年間で読んだ本の中で一番おもしろかった本です。
これは本当におもしろいです。まだ読んでない人はだまされたと思って読んでみて、だまされてくださいね。

何せ、世間と感覚がずれている男が勧める作品です。